Date | R | Home v Away | - |
---|---|---|---|
01/29 20:45 | 19 | [1] スポルティング v カサピア [13] | 8-0 |
01/29 18:45 | 19 | [14] エストレラ・アマドーラ v ベンフィカ [2] | 1-4 |
01/28 20:30 | 19 | [11] FCアロウカ v ヴィゼラ [17] | 5-0 |
01/28 20:30 | 19 | [12] ジルヴィセンテ v ヴィトーリア・ギマランイス [5] | 1-0 |
01/28 18:00 | 19 | [7] SCファレンセ v FCポルト [3] | 1-3 |
01/28 15:30 | 19 | [9] ボアビスタ v ポルティモンセ [14] | 1-4 |
01/28 15:30 | 19 | [6] モレイレンセ v ファマリカン [8] | 1-0 |
01/21 20:30 | 18 | [5] ヴィトーリア・ギマランイス v エストレラ・アマドーラ [13] | 3-0 |
01/21 18:00 | 18 | [18] チャベス v リオアヴェ [16] | 0-0 |
01/21 15:30 | 18 | [13] ポルティモンセ v ジルヴィセンテ [15] | 0-2 |
01/20 20:30 | 18 | [3] FCポルト v モレイレンセ [6] | 5-0 |
01/20 18:00 | 18 | [10] カサピア v SCファレンセ [8] | 1-3 |
01/20 15:30 | 18 | [13] エストリル v FCアロウカ [14] | 1-2 |
01/19 20:15 | 18 | [2] ベンフィカ v ボアビスタ [9] | 2-0 |
01/18 20:45 | 18 | [17] ヴィゼラ v スポルティング [1] | 2-5 |
01/18 18:45 | 18 | [7] ファマリカン v ブラガ [4] | 1-2 |
01/15 20:15 | 17 | [5] ヴィトーリア・ギマランイス v FCアロウカ [14] | 2-1 |
01/14 20:30 | 17 | [3] FCポルト v ブラガ [4] | 2-0 |
01/14 18:00 | 17 | [17] ヴィゼラ v ボアビスタ [12] | 1-4 |
01/14 18:00 | 17 | [2] ベンフィカ v リオアヴェ [16] | 4-1 |
01/14 15:30 | 17 | [15] ジルヴィセンテ v エストレラ・アマドーラ [11] | 1-1 |
01/13 20:30 | 17 | [13] エストリル v モレイレンセ [6] | 1-3 |
01/13 18:00 | 17 | [18] チャベス v スポルティング [1] | 0-3 |
01/13 15:30 | 17 | [8] カサピア v ファマリカン [9] | 0-2 |
01/12 20:15 | 17 | [16] ポルティモンセ v SCファレンセ [7] | 1-0 |
01/08 20:15 | 16 | [6] モレイレンセ v カサピア [12] | 1-4 |
01/07 20:30 | 16 | [8] ファマリカン v チャベス [18] | 2-2 |
01/07 18:00 | 16 | [17] リオアヴェ v ポルティモンセ [15] | 2-0 |
01/06 20:30 | 16 | [4] ブラガ v ヴィトーリア・ギマランイス [5] | 1-1 |
01/06 18:00 | 16 | [13] FCアロウカ v ベンフィカ [2] | 0-3 |
プリメイラ・リーガ(ポルトガル語: Primeira Liga、ポルトガル語: [pɾiˈmɐjɾɐ ˈliɣɐ], 英語: Premier League)は、ポルトガルにおけるプロサッカーの最上位リーグである。スポンサーシップにより、リーガ・ポルトガル Betclic(Liga Portugal Betclic)の名称が用いられる。
ポルトガルには1930年代まで国内リーグがなく、カップ戦のタッサ・デ・ポルトガルが国内最大の大会だった。競技レベルの向上を目指して全国規模のリーグ戦創設が模索されるようになり、まずは1934-35シーズンより試験的なリーグ戦が実施され、1938年に公式な地位を与えられた「国内選手権1部 (Campeonato Nacional da Primeira Divisão)」が始まった。
1938年のポルトガルサッカーリーグ改革前、すでに総当たり方式による新機軸の大会、プリメイラ・リーガが開催されており、この大会の優勝クラブはリーグチャンピオンと呼ばれた。しかし、もっとも人気があったのはトーナメント方式によるカンペオナート・デ・ポルトガル(タッサ・デ・ポルトガルの前身)であり、この大会の優勝クラブがポルトガルチャンピオンと定義された。1938年にプリメイラ・リーガが改革され、総当たり方式による大会が1年でもっとも重要な大会として実施され、ポルトガルチャンピオンと定義されるようになった。この大会は1938年から1999年まで、「カンペオナート・ナシオナル・ダ・プリメイラ・ディヴィゾン」もしくは「プリメイラ・ディヴィゾン」という名称が使われた。
1999年には統括組織のリーガ・ポルトガル(LPFP)が全国リーグ(1部・2部)を管理下に置き、「カンペオナート・ナシオナル・ダ・プリメイラ・リーガ」もしくは「プリメイラ・リーガ」という名称に変更された。